山あり谷ありを楽しんでなんぼの人生。

今日誕生日の夫と、昨晩話して盛り上がった内容を
シェアしたいなーと思って。

久しぶりにこちらで想いを載せますねー。

 

人生って、順風満帆なあまり波がない人もいれば、
山あり谷ありの波瀾万丈の人もいて。
でもそれは、本人がしたくてコントロールしたわけでなく
本人が選択してきての結果、後から見たらそうだったというだけの話で。

他人の人生を比較してあーだこーだと勝ち負けとか、
幸せ不幸とかジャッジして悲観的になるのは
本当に意味のないことで、ナンセンスやな〜とつくづく思います。

こういう考え方って極端なのかもだけど、わたしの考えだと
地球での人生って、自分という個を知りながら、短く限りある人生を
色濃く様々な経験をして楽しむために生きてるからこそ、
悲喜交交あって当然と思うんですね。

 

恐れが先立つあまり、何事も無いように保守的に
目立たぬようにじっとして、世間の常識通りに
無難に平坦に生きようとしちゃうと、ホントつまんなくて!笑
飽き飽きしてきて、じっとしていられなくて。
「なんのために地球に遊びに来たのん?」と思っちゃうわけです。

この世の中の常識を外れたような、または理不尽とも思える
突然のハプニングや出来事(学び)に逆らうことなく、
「しゃーないよな、地球に遊びにきてるんやもん♪」
ってバーンと受け容れちゃえるほうが、ラクに
人生進めるのではないかと思ってしまいました。

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逆手に取ると。
辛いと思えることも今世の人生のコントラストを
楽しむための、いっぱいある中のほんのひとつのドラマであって。
今は起承転結の「転」の部分かもしれないですよね。
このドラマのエンディングの「結」には
自分では想像し得ないような素晴らしい結末が
待ってるんじゃないか?とワクワクに思える気がします。

 

例えばずっと他人と比べて他人の物差しで生きていたら、
他人を模写したような、その小さな枠内の人生なわけです。

そもそも全く同じになんてなるわけないし、とっても中途半端。
自分を生きに来ているのに、そんな枠内で生きるの、凄く勿体無いと思います。

 

たとえ自分の魂からの幸せに忠実に行動したことが、
身勝手と否定されたり、常識ないと罵られたりするようなことであっても。
それは自分以外の世界で勝手に作られた常識であり、物差しです。

「他人に迷惑をかけたくない」気持ちはとても大事です。
それをいつまでも自分を守るための(守ってるつもりの)言い訳にしていないでしょうか?
周りや相手は本当にそれを迷惑と思っているでしょうか?
自分の人生の幸せを犠牲にしてまで守ることでしょうか?

 

その後のドラマは、誰にもわかりません。

経験したこともないどん底から、また経験したこともない歓びの道が
ぐっと拓けることもあるかもしれません。

 

心から納得した、悔いのない「自分のための選択」をしたいですね!

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さて、最後にちょっとお知らせ。
以前製作しましたmaNikaさんとのペイソンダイヤモンドの
コラボジュエリー2点(上記写真のもの)を近々Upする予定です。

気になります方は詳細お問い合わせくださいませ。
お問い合せはこちらから

 

いつもご覧下さりありがとうございます^^
感謝☆スピカ

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