わたしが精神的にラクになった3つの方法。

今回は精神的な話。
必要ない方はスルーしてくださいね♡

 

ここ最近はありがたいことに精神的にとても落ち着いてます✧
なのでたくさんやりたい創造アイデアが浮かんできて止まりません♪
(具現化が追いつかない〜!)

肉体ともつながってるので、体調もいいですよ!
喘息やアトピーはまだ時々出ますが、出てくるタイミングとかがなんとなく分かるようになってきたので、やりやすくなってきた感はあります。

とはいえ、HSP気質で神経が細かいのは変わらないので、多少の浮き沈みはあるんですけどね。

人生における自分の取り扱いのコツが掴めてきたというか。笑
自分という繊細な馬を乗りこなせるようになった感じです。

 

ここ数ヶ月で精神面で意識して効果があったのは

「自分を客観視する」

「被害者にならない」

「どんな自分も受け留める」

この3つです。

 

「かなり厳しい〜話をするがぁ〜俺の本音を〜聞いておけぇ〜♪」 笑

 

 

「自分を客観視する」

自分軸へ戻す訓練です。
これは癖をつけるよう意識しないとすぐ戻りますね( ;∀;)
「過去の辛かったことを反芻しない」。
昔から少しでも思考に空白があるとグルグルやっちゃうのは当たり前と思ってたんですが、夫は全くしないそうで・・・^^;
脳に炎症を与えるので良くないそうです。

反芻してるのに気づいたら、すぐやめること。
「わたしまた○○のこと考えてるやんか〜!」って現実に引き戻す。
ノートに書いて客観視するとか、いろんなやり方があると思いますが、
わたしは夢中になれること(制作アイデアノートを開くとか天然石触るとか)
に思考をシフトさせるのが良かったです!

内観は悲しみを反芻しがち。
精神安定してるのにわざわざネガティブ探しにいく必要はないと思います。(スピワークあるある)
内観しても自我に入り込まない。視野を狭くしないこと!

「メタ認知」を意識する。
ななめ上に自分がいて自分を見てるという意識。
わたしはハイヤーセルフ(レオン)と話すことで、メタ認知に似た役目を果たしてくれるのでそうしてます。
ハイヤーセルフとのやりとりが無理なら、もうひとりの自分が深刻にしてる自分を見て指差して笑ってたり、客観視してくれるキャラを意識上に創るといいですヨ!

 

(上記の話もそうですが最近参考にしているのが吉濱ツトムさんの動画。最初見た時は「何この感じ悪い人!」って感じだったけど今では愛着すら感じる 笑。とにかく理にかなっていてすごい。クセ強めだしスピ要素もありつつもベースが理論的かつわかりやすいのでかなり勉強になります)

 

「被害者にならない」

スピリチュアル観点からの卒業、ですね。
よく見かける「光と闇の対立」はまさにそうで。
自分の中にも両方あるのに、それを排除しようとするのは、ある意味矛盾なんですよね。
自分の正義を振りかざしてそれ以外はすべて敵!
めっちゃ極端な考え方も自分を苦しめます。
(白黒くっきりはっきりでなく、中庸・柔軟に生きれば楽になるのにねぇ・・・ )

○○に△△されて赦せない。
□□のせいで、わたしは苦しんでいる。

このような考え方は一時期はラクだけど、最後は自分に返ってきます。
苦しめてるのは相手ではなく自分自身ということにずっと気づけないと、ずっとしんどいまま。

被害者意識は自分を守るが故の逃避なんですよ。
わたしも経験者なのでわかります。

とはいえ、最後に選択決定するのは自分しかいないんです。
この人生誰かがきっかけで変わることもあるかもしれないけど、何が起きてもやはり自分で選択してここまできている。
理不尽なことも多いこの世の中で、厳しいかもだけど、この現実を作ってるのは自分なのは間違いないです。自己責任なんです。

誰かに自分の人生の選択権を与えたり、救世主を待ったりしてずっと他人軸である限り、いつ何時も誰かに振り回されて被害者として生きることしかできなくなります。

たまに人生につまずいた時、スピリチュアルや自己啓発を取り入れることはいいと思いますが、現実を見たくなくて依存的にスピリチュアルを利用するのは疑問です。

現実逃避は自分逃避!
答えは自分の中にしかないです。
外側依存から卒業しましょ。
なにかに縋り、何かがある度被害者になってる限り、絶対に幸せになれないとわたしは思います。

(ちなみに自分にどうしてもできないことを他人にお願いする、頼ることとは違います。こちらはわたしにとってまだ難しいですが^^;;)

 

 

「どんな自分も受け留める」

どうしたって変われない部分の「自分」を変えようとするのは逆行でしかないです。
体質、性質、親兄弟、過去・・・
理由のないものに答えを求め続けるのは苦行でしかありません( ;∀;)

自分は自分でしか生きられないし、他人を生きることもできない。
みんなそうだから、他者と比べることの無意味さに気づきます。

 

こういった分離感が、人生における所謂苦しみを生むんですが。
受け容れるとは、ある意味で「人間である諦め」でもあるなと思うんです。

分離感がなくなって進めば「統合」。

究極、ワンネス。
ノンデュアリティとかかな。

ここまで行くとわたしは人間として生まれた意味がなくなると思うし、正直ずっとその状態で生きててもなんにも面白くないと思います。地球にいる意味がない!

一瞬境地に達してありえない恍惚感とかは感じるかもだけど・・・
ずっとは無理だと思うし、肉体と意識を持ってる限り自我というものはつきまとうだろうし。

人間である以上は他者との関係やご縁は切っても切れないですよね。
一人では生きていけないからね。

他者との関わり合いで成長し、苦しさから学びという紆余曲折で気づきを得て統合を感じ、またもとに戻るの繰り返し。

魂はこれを経験したくて今わたしという人間やってるんだと思うんで・・・
やっぱし多少「諦め」も必要なんですよね!笑

生きてる意味なんて、本当は何もないのかもですね。
勝手にわたしたちが難しくして、つけようとしてるだけで。

大いなる存在からしてみれば、ごくごくシンプルなものなのかもしれませんね。

 

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いつもありがとう♡
スピカ

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